組合って
学校はゆとりと自由が保障され、一人ひとりの子どもを人間として豊中教職員組合(全教豊中)
2022年夏

18世紀のイギリスの産業革命がおきました。工場ができ、そこに働く労働者が生まれました。劣悪な賃金や長時間労働、また、幼い子どもにも労働をさせるなど過酷な労働環境下におかれました。働く者が「人間らしい生活」を求めて働く者同士が手をつないで“団結”、労働組合を結成し、ストライキ等の手段で会社に改善要求を訴えました。|
戦後、教職員組合(日本教職員組合=日教組)が結成されました。教職員の地位は低く、地位向上をめざし、さらに軍国主義の教育でなく民主的な教育をすすめること、平和と自由な民主的な国をつくることを目的にしました。 戦争の傷跡や記憶がまだまだ残る1950年。朝鮮戦争が始まりました。また、戦争が始まった状況下で教職員組合は「教え子を再び戦場に送らない」と誓いをたてたのはこの時です。 教職員組合は、生活の改善や労働条件の改善を求めて運動に取り組みました。 また、核兵器をなくそう、被爆者を支援する原水爆禁止運動にも積極的にかかわってきました。 高度成長期、共働きの家庭が増える中、預ける保育所が少なく、他の女性団体とも協力して『ポストの数ほど保育所を』と保育所づくりの運動もとりくんできました。 |
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出産・育児にかかわる権利の拡大 ○生理休暇 日本独自の休暇。戦前の女性労働者の労働運動から戦後労働基準法に明記。 1960年代のピーク時4人に1人が取得 近年は約1%(雇用均等調査) ○妊娠障害(つわり等)休暇 産休とは別に14日以内(断続的取得も可能) ○産前産後休暇 産前8週、産後8週。 1986年に産後8週に。 多胎妊娠は産前16週。 ○妊娠中の女子職員が通勤する場合の特別休暇(通勤緩和措置) 1日60分以内 徒歩通勤も含む。 ○通院休暇妊娠週数によって回数が認められる。(男女雇用機会均等法第12条) ○育児休業 子どもが3才まで(男女どちらもどれる) 育児に関して男女ともとれるものに 「育児時間」「育児早出遅出勤務」「育児短時間勤務」「子どもの看護休暇」といったものもあります。 |
教職員組合は、労働組合であり、勤務・労働条件の改善の取り組みをすすめるとともに教師・教職員の力量を高める学習・研究・研修も大切にしてきました。教研活動とよばれる教育研究活動や自主的な研究活動やサークル活動を応援してきました。|
1980年代、民間大企業の組合が中心となって労働組合のナショナルセンター(労働組合の全国の中央組織)を一つにまとめようという動きが強まりました。 “労働組合と使用者・会社が協力してやっていくことで会社が成長する。そうすれば、その利益が会社の労働者にも返ってくる”という(「労使協調」路線といわれます)考え方のもと、「連合」(正式名 日本労働組合総連合会)が結成されました。 ※労働組合が大きく分かれて約30年。バブル後と時期が重なりますが、この間、大企業は利益(内部留保とよばれる内部の蓄えも増やしています)を増やす一方、働く者の賃金は増えず、非正規の不安定雇用がどんどん増加しています。 |
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私たち全教豊中(正式 豊中教職員組合)は全教に加盟しています。府下各市町村の教職員組合、支援学校の教職員組合、府立高校の教職員組合とともに大教組(ダイキョウソ)に加わっています。
大阪府に関することは大教組とともに府教委・府当局と交渉・折衝して改善を求めるとともに、府下各市の状況を交流し合っています。
毎日の授業を魅力あるものにしたいと、教育サークルに参加してきました。
○教え、学び、研究する時間と自由の大切さ
1.はじめに
5.憲法と自治の力を子どもたちのものに(大阪教育文化センター「部落問題解決と教育」研究会発行
『2分でわかる部落問題と教育(2016年版)』から抜粋)
〇子どもたちが、通常学級・支援学級・通級指導教室(通常学級在籍児童に限る)、それぞれの場で学びの主人公になって主体的に学べることを大事にしてきました。そして、それぞれの場で学習し交流する ことで、学習や生活の力、人と関わる力、主体的に自分の人生を切り拓いていく力などを育むことを大事にしてきました。
○多くの犠牲を生み出したアジア・太平洋での戦争
○自由および権利は、国民の不断の努力で保持
私たち養護教員は、学校内では少数職種です。仕事内容も命や健康に係る仕事のため、他の先生方にはなかなか分かってもらえない、養護教員ならではの悩みも出てきます。そんなとき、支えあうのが豊中教組養護教員部です。他校の養護教員と繋がりが持ちにくい状況の中、『決してひとりぼっちにはしない』が私たちの基本です。
――パワハラとは何か